丸山重威 (関東学院大学教授)ジャーナリスティックな大作家

 

追悼・井上ひさしさん10/04/18

 

 

ジャーナリスティックな大作家

 

追悼・井上ひさしさん

 

丸山重威(関東学院大学教授)

 

 

 伊藤力司さんなどに言われ 「世界平和アピール七人委員会」 の事務局を手伝っている関係で、 井上ひさしさんとは、 何度かお話しした。 委員で事務局長の物理学者小沼通二さんと鎌倉に招かれ、 奥様のユリさんと息子さんと一緒に食事をごちそうになったこともある。

 

  コンビニのおにぎり持参で会議に来られ、 「ちょっと失礼」 と食べ始める。 会議では 「私はこう思います。 終わって時間があると 「ちょっとそば屋に行きませんか」 と仲間を誘う。 とても大作家とは思えない姿勢に、 みんなが魅せられた。

 

  アピールの作成にも積極的で、 「それはとっても大事なことです」 などと意見を言い、 アピールの文章にも手を入れた。

 

  井上さんの話は座談も講演も面白かった。

 

  四谷の市民センターでの講演では、 戦争末期の皇室の狼狽ぶりを話して会場を沸かせたし、 新潟の講演会では、 「私は農政には詳しいんです」 と日本の農村の疲弊から世界情勢を話した。 ともにジャーナリスト顔負けの具体的な資料とデータに基づいたしっかりした内容のものだった。

 

  朝日新聞で娘の麻矢さんが語る 「最後の日々」 によると、 ベッドの周りに資料を積み上げ、 熟読してメモを取り、 「沖縄だけで10本くらい書けそうだ」 と声を弾ませていた、 という。 大作家は優れた歴史家でありジャーナリストでもあった。

 

井上さんが参加した最後のアピール 「核兵器禁止条約の採択に向けた早期交渉開始を求める」 は、 井上さんの死の前日の4月8日、 4人の委員が鳩山首相と会見、 取り組みを強く求め、 首相は 「勉強する」 と応じた。

 

  「言葉で時代や世の中と真剣勝負をし続け、 病気とも闘った」 と麻矢が語っている。 本当にそう思う。 そんな人と少しでも同じ時間を持てたことに感謝している。 (了)